藤野哲也のロンドン・レポート

ロンドン・レポート No.18(番外) 「 シャンゼリゼが広くなっていた!」


 ロンドンのフラットを出てパリにやってきた。日本への帰路、ついでにフ ランスなどの研究機関に寄るためである。9ヶ月も暮らすとフラットにも 何かこう愛着が生まれていて、去るに当たっては若干の感傷を禁じ得なか った。

 大家のユダヤ人とは割と仲良くしていた所為もあるのか、退去時のアパー トのチェックは極めて簡単であった。まあ大人が普通に短期間住んだだけ なら特に問題になるようなことはないのであろう。最後の日に大家がイス ラエルの写真集(なかなか立派な装丁のもの)を持って訪ねて来てくれた のにはびっくりした。素敵なプレゼントであった。

 パリに入るとロンドンとイメージが違うのは建物の高さである。ロンドン では、シティなどごく一部を除き、道の両側の建物が日本式で言う三階建 てから四階建てで高さが揃っている。空を見上げて視界を遮るような建物 がない。しかもほとんど全ての建物がが煉瓦造りであるため地味で落ち着 いた雰囲気がある。

 パリの場合も建物の高さは横に揃っているが、ロンドンよりは高く、大体 日本式で言う七階から八階建ての感じである。多分その所為ではないかと 思うのだが、道を歩いていてどうも建物から威圧感を感じてしまう。材質 も煉瓦ではなく石が多く、コンクリート(?)に色を塗ったものもあり、 印象としては重厚な感じがする。

 歩行者としてはロンドンの方がはるかに安全であろう。ロンドンでも左折 車が必ずしも歩行者を優先しない点など戸惑う面もあるが、パリは更に車 優先が徹底している感じである。

 パリで有り難いのは食事である。ロンドンと決定的に違うのはそこであろ う。フランス料理に限らず、イタリア、ベトナム、日本など各国料理のレ ストランが並ぶのはロンドンと同じであるが、味と値段の両面が違う。ま ず、当たり前だが、味がある。驚くべきことであるが、味覚というのは幼 少期から家庭で味わう中で自然に形成されるものらしく、イギリス人のよ うに味付けをしない食事習慣の中で育つと大人になってから職業として身 に付けようとしてもうまくいかないものらしい。

 イギリスでは出される料理というものは基本的に塩、コショウなどをかけ ないと食えないのであり、中にはこれは一人一人が自分の好みで味付けで きるようにするためなどと言う人もいるが、ジャガイモやニンジン、いん げんなどをただ茹でて出すだけなら素人以下である。実際にその通りなの で、勿論、世にイギリスに料理の修業に渡ったりする人はいないのである が・・・・・・・。また、フィッシュ・アンド・チップスやジャケット・ ポテトがうまいなどと馬鹿なことを言う輩もいるが、こういう議論は喩え て言えば、「熱いお湯を注いで啜るカップヌードルが堪らない」とか「屋 台の一舟八個入りのタコ焼きが忘れられない」とかいうレベルで話をして いるのであって、コック、主婦など料理で飯を食っている人々に対して失 礼であろう。いずれにせよ、世界の都市にイギリス料理店などというもの は存在しない。

 料理に手間暇をかけない、味にうるさくない代わりに安いというならそれ もひとつの道であろうが、ロンドンではこれが一端の値段を取るのである 。感覚的に日本の例に置き換えれば、その辺の店に入って味のしない親子 どんぶりが出て来てもまず2000円(10ポンド弱)は取られるのであ る。

 その点、パリはうれしい。値段はピンからきりまでいろいろだが、それな りにベネフィット(味)を伴う。安い方の例で言えば、日本でも2000 円出せばそれなりの食事ができる(特に昼食)が、パリでもシャンゼリゼ 近くでも100フラン(2000円強)でちゃんとした味付けの料理を出 す店は沢山ある。それなりのお金を出せば、勿論、もっと素敵な味とムー ドが得られる。とにかくコストとベネフィットがマッチしている点が納得 できるし、店(Menu)を覗いて歩くのも悪くない。

 ところでホテルから出て10年ぶりにシャンゼリゼを歩いてみると、何か 感じが違う。あれ?、こんなに道が広かったかなあ?、まあ何せ10年前 のことだし、人間の記憶なんていい加減なものなんだなあと思っていたら 、実は本当に道が広くなっていたのである。

 もともとシャンゼリゼは真ん中に広い車道があり、一旦グリーンベルト的 なちょっとした並木帯があって、その外側にはまた車道があった。そこは 本道よりははるかに狭く、車道と言っても通り抜けるためというよりは駐 車するためのものであった。(今でもシャンゼリゼ以外の大通りではこの 形がそのまま残っている。)

 パリに長い人の話を聞いたら、何年か前にその下に駐車場を掘り、上の車 道は敷石を置いて歩道を拡張したとのことである。このため歩道はかつて のほぼ倍の広さ(幅)になっているのである!

 勿論、そうした対策は駐車対策上必要であったのであろうし、第一、歩道 がものすごく広いので溢れるように行き交う人々の流れがとてもスムーズ で快適である。シャンゼリゼを渡るのは真ん中の車道が広い上に外側の車 道もあるために随分時間が掛かったものだが、一回の青信号で向こう側ま で渡れるようになったし・・・・・

 それはそうなのだが、そういう話を聞くとますます郷愁が湧いて来て、ど うも新しい敷石の部分は本来のシャンゼリゼではないような・・・・・・ 。昔からのシャンゼリゼにこだわり、ついつい古い敷石の方を歩いてしま うのであった。

 May 30, 1998

 パリにて 藤野哲也




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