学部長挨拶
学部長挨拶
長崎大学経済学部長
宍倉 学
(SHISHIKURA Manabu)
「プラグマティックな方法なるものは、(略) 最後のもの、結実、帰結、事実に向かおうとする態度なのである」 W・ジェームズ『プラグマティズム』
グローバル化やAI・IoT社会の到来に伴い、時代の流れは加速し、10年前と比べても社会は大きく変化しています。今の時代、少し先の未来のことでも、これを見通すことは至難の業です。また、過去の経験や従前の理解だけでは太刀打ちできない様々な課題が立ちふさがっています。そして、このような社会を生き残るため、人々には、これまで以上に高い能力が求められるようになっているようにも思われます。
長崎大学経済学部は、“実践的なエコノミストの育成” を教育理念として、社会科学の先端的な知識の獲得と、その活用を両立できる人を育成する教育を実施してきました。この “実践的” という理念は、19世紀末から20世紀初頭にアメリカで主流となった「プラグマティズム」とよばれる思想に通じるものがあります。「プラグマティズム」は、実用主義・実際主義と呼ばれ、それが人に有益である限り、いかなる思想や理念、信念や哲学にも価値があるという考え方です。異なる人種や多様な価値観を内に抱えていた米国社会で発展し、学術はもとより、ビジネスや政治、さらには社会への見方にも影響し、現代の資本主義社会を築く原動力になった思想と言われています。多様な価値観や真実、矛盾する事態や異なる正義が併存する変化の激しい時代には、ひとつの普遍的な真理を見出すことは大変困難です。このような時代において、結果とその有用性に真理を求める「プラグマティズム」の柔軟な精神や態度は、いまだに色あせない輝きを放っているように思います。
もともと経済学をはじめとした社会科学は、意思をもった人々の行動や選択がどのように行われるのか、そのメカニズムを解き明かすとともに、人と人の集合としての社会の機能やその在り方を考える学問です。また、人々がどうすれば幸福に人生を生きることができるのか、それを支える社会とはどのようにあるべきなのかを科学的に考える学問でもあります。一方、その難しさも、意思をもった人とその集合としての社会を対象としている点にあります。意思をもつ人を対象とすることの難しさの一つは、その知見が社会に還元されることで人々の行動や意思決定が変化してしまう可能性がある点です。社会科学によって得られた知見は、人々の意思決定や行動に影響します。このような変化は社会を変化させます。すると変化した社会の仕組みを改めて解き明かす必要が生じます。つまり学問と社会の間にダイナミックな相互関係が生じるのです。このようなダイナミズムは、社会科学の難しさでもあり、面白さでもあると思います。私は、本学部の教育理念としている “実践的エコノミスト” とは、激動の時代のなか、社会科学の知見をもって社会と対話し、これを導いていくプラグマティズムの精神をもった人ではないかと考えています。
1905年 (明治38年) に設立された長崎高等商業学校を母体とする長崎大学経済学部は日本経済の発展に貢献した多くの経済人や実業家を送り出してきました。教員には、学術界はもとより、実業界・政官界出身者なども多く、また学生にも大学院をはじめとして企業経営や行政に携わる方々なども数多く在籍しています。加えて、卒業生組織である瓊林会をはじめとした豊富な人的ネットワークをもっていることも特徴です。皆さんの中には、これからどのような勉強をしたいのかを決めきれていない人もいるかもしれません。本学部では、皆さんの知的関心を養いながらも、経済学や経営学、法学などの社会科学の学問分野を幅広く提供することで、知的関心に適応した専門を選べるようにしています。また、学んだ専門知識を実践につなげるためのカリキュラムを用意しています。この激動の時代に、社会課題に立ち向かい、良き社会のために「知のフロンティア」に挑戦しようとする皆さんと、長崎の地でお会いできることを楽しみにしております。
経済学部長/経済学研究科長 宍倉 学